おそらく南米のものであろう、カラフルな民族衣装を纏いアルパカと微笑む髭面の男・ヒデ(仮)に誘われた。
<週末にランチでも行きませんか?>
海外に縁のある人生を送ってきた私は、バックパッカーの類が決して嫌いではない。
だがしかし、旅人には2種類いる。
ひとつは、ただ純粋に旅を愛するスナフキンタイプ。
もうひとつは、Wi-Fiを探し回って阿呆みたいにストーリーを更新し、「宿は安ければ安いほど俺かっけー!」と信じてやまない武勇伝創作タイプだ。
※どっちかな?と思った時は、家の本棚を覗いてみよう。
『死ぬこと以外かすり傷』があれば後者です。
お察しの通り、私は後者の人間がものすごく苦手である。
そして、ヒデは完全にそっち側だった。
ではなぜ会おうとしたかというと、
<パンデミックで大打撃を受ける日本の観光業を、ITの力でなんとかしたい>
というヒデの計画に、とても興味を惹かれたからだ。
日曜の昼下がり、渋谷のタイ料理屋で待ち合わせた。
写真とは打って変わって、全身無印良品?と思うようなシンプルな服装で現れたヒデ。
注文したカオマンガイが届くや否や、ヒデは鶏肉と野菜だけを箸で丁寧に取り分けて食べ始めた。
「ご飯食べないの?」
私が尋ねると、ヒデはこう言った。
「僕、糖質制限中なんですよ。もう3年くらい、甘いものはもちろん、白米、パスタ、ラーメン、パンは一切食べてないです」
それからヒデは「炭水化物は麻薬と同じである」という話を、トムヤムクンラーメンを啜る私に向かって延々と説いた。
やめろ、飯が不味くなる。
話題を変えなくては。
「ところで、観光業をなんとかしたいって話を聞かせてよ。私も昔、海外にいたから興味があって」
ヒデの顔がパッと明るくなる。
「僕ね、夢があるんです」
あぁ、嫌な導入。
「『今度、日本へ観光に行くことになったんだ』『それならヒデのところに行けばいいよ!』って言われるような、ハブ的な存在に自分がなりたいんです」
私は目の前の男に完全に興味をなくしていたが、トムヤムクンラーメンを食べ終わるまでの繋ぎとして質問を投げた。
「もう何か活動してるの?」
「Airbnbに体験コンテンツがあるの知ってます?あれで、 “ヒデと一緒に居酒屋ホッピングしよう” っていう企画を立ててます。1人5000円、飲食費は別で。今は状況が状況なんでお客さんゼロですけど、ここから人脈を広げていって、ゆくゆくはAirbnbを介さず直接僕に連絡がくるようになればいいな、って」
居酒屋の案内料で5000円、ぼったくりじゃね?
てかITは?日本の観光業をなんとかするって話は??
「…終わり?」
つい、嫌な上司みたいな返しをしてしまった。
だってこんなスケールの小さな夢を聞くためだけに、私はタイ(料理屋)まで来たんじゃない。
キョトンとした顔で頷くヒデ。
私は沸々と湧いてくる怒りに蓋をして、偽りの笑みを貼り付けた。
だってそこは、微笑みの国・タイ(渋谷)だったから。
「そっか、頑張ってね」
どうやら人はつまらないものばかり食べていると、つまらない夢を見るようになるらしい。
いっそのこと “ヒデと糖質制限ホッピング” に名前を変えて、sushi は drug だって説いて回ったらいいんじゃない。