糖質制限中バックパッカー

旧帝大卒、IT企業勤務、元バックパッカー、29歳。

おそらく南米のものであろう、カラフルな民族衣装を纏いアルパカと微笑む髭面の男・ヒデ(仮)に誘われた。

<週末にランチでも行きませんか?>

 

海外に縁のある人生を送ってきた私は、バックパッカーの類が決して嫌いではない。

 

だがしかし、旅人には2種類いる。

 

ひとつは、ただ純粋に旅を愛するスナフキンタイプ。

 

もうひとつは、Wi-Fiを探し回って阿呆みたいにストーリーを更新し、「宿は安ければ安いほど俺かっけー!」と信じてやまない武勇伝創作タイプだ。

※どっちかな?と思った時は、家の本棚を覗いてみよう。

『死ぬこと以外かすり傷』があれば後者です。

 

お察しの通り、私は後者の人間がものすごく苦手である。

そして、ヒデは完全にそっち側だった。

 

ではなぜ会おうとしたかというと、

パンデミックで大打撃を受ける日本の観光業を、ITの力でなんとかしたい>

というヒデの計画に、とても興味を惹かれたからだ。

 

日曜の昼下がり、渋谷のタイ料理屋で待ち合わせた。

写真とは打って変わって、全身無印良品?と思うようなシンプルな服装で現れたヒデ。

 

注文したカオマンガイが届くや否や、ヒデは鶏肉と野菜だけを箸で丁寧に取り分けて食べ始めた。

 

「ご飯食べないの?」

 

私が尋ねると、ヒデはこう言った。

 

「僕、糖質制限中なんですよ。もう3年くらい、甘いものはもちろん、白米、パスタ、ラーメン、パンは一切食べてないです」

 

それからヒデは「炭水化物は麻薬と同じである」という話を、トムヤムクンラーメンを啜る私に向かって延々と説いた。

 

やめろ、飯が不味くなる。
話題を変えなくては。

 

「ところで、観光業をなんとかしたいって話を聞かせてよ。私も昔、海外にいたから興味があって」

 

ヒデの顔がパッと明るくなる。

 

「僕ね、夢があるんです」

 

あぁ、嫌な導入。

 

「『今度、日本へ観光に行くことになったんだ』『それならヒデのところに行けばいいよ!』って言われるような、ハブ的な存在に自分がなりたいんです」

 

私は目の前の男に完全に興味をなくしていたが、トムヤムクンラーメンを食べ終わるまでの繋ぎとして質問を投げた。

 

「もう何か活動してるの?」

 

Airbnbに体験コンテンツがあるの知ってます?あれで、 “ヒデと一緒に居酒屋ホッピングしよう” っていう企画を立ててます。1人5000円、飲食費は別で。今は状況が状況なんでお客さんゼロですけど、ここから人脈を広げていって、ゆくゆくはAirbnbを介さず直接僕に連絡がくるようになればいいな、って」

 

居酒屋の案内料で5000円、ぼったくりじゃね?

てかITは?日本の観光業をなんとかするって話は??

「…終わり?」

 

つい、嫌な上司みたいな返しをしてしまった。

だってこんなスケールの小さな夢を聞くためだけに、私はタイ(料理屋)まで来たんじゃない。

 

キョトンとした顔で頷くヒデ。

 

私は沸々と湧いてくる怒りに蓋をして、偽りの笑みを貼り付けた。

だってそこは、微笑みの国・タイ(渋谷)だったから。

「そっか、頑張ってね」

 

どうやら人はつまらないものばかり食べていると、つまらない夢を見るようになるらしい。

 

いっそのこと “ヒデと糖質制限ホッピング” に名前を変えて、sushi は drug だって説いて回ったらいいんじゃない。