ニューヨーク在住バンカー

「現在地から○km以内」という設定で、距離が近い人を探せることが特徴の一つであるTinderだが、たまに地球の裏側の人と繋がることがある。

 

彼らは課金勢。

 

課金することで距離制限がなくなるため、例えば私が来週イギリス旅行をする予定があるとした時、日本にいながらイギリスの人を探して「来週行くから案内してよー!」といったやり取りができるのだ。

 

そうしてマッチングした、某メガバンクのニューヨーク支店に勤める男性(35歳)がいた。

 

<来月帰国するので、その時に食事でも>

 

高学歴、高収入、顔も悪くない。

あら素敵、と思った私は快諾したが、そこからが少し大変だった。

 

<海苔子さんは仕事終わりには何をされてるんですか?>

<僕は最近○○という映画を観ました。海苔子さんが最近観て面白かったものはありますか?>

 

こうした「会って話そうぜ!!!!!」と叫びたくなるような内容のメッセージが、毎日送られてきたのだ。

これあと1ヶ月続けるの、ちょっとキツい…と思い始めた私は、わざと返信を遅らせるようにした。すると、3日経って追いメッセージが送られてきた。

 

北朝鮮のミサイルのニュースを見ました。気をつけてくださいね!>

 

え、どうやって?

真っ先に浮かんだクエスチョンを掻き消し、

<バタバタしてて遅くなってすみません>と無難に返した。

 

バンカーの帰国日が近づいてきたので、日本を離れて久しくあまりお店を知らないという彼に、和食の店をいくつか提案する。

きっと奢りだろうと睨み、やや高価格帯の店を混ぜて送ると、彼はその店を希望した。

いい歳をして、こんなことでしめしめ、と思う自分が情けない。

 

そうして迎えた初対面の日。

高級串カツ屋の前で待ち合わせた彼は、少し背は低いものの写真通りの方だった。

楽しくお酒を飲み、美味しい串カツを食べ、私がお手洗いに行っている間に会計は済んでいた。


別れ際、「これニューヨークで流行ってる紅茶なんですけど、よかったら」と、高そうな箱と紙袋に入ったティーバッグのセットをくれた。

ハイスペックな男性にありがちな変なプライドもなく、とても穏やかで腰の低い人だった。

何の欠点もなかった。


…それが、いけなかった。

 

血眼で面白い人を探し、実際に出会えていた私は、ただの素敵な人に興味をもてない身体になっていた。

 

「いい人だな」と思う瞬間が、終了の合図と化す。

全部Tinderのせいだ。