前編はこちら↓
「え、Tinderで?精子バンクとかあるじゃん。何で??」
「僕もそう思って聞いたんだけど、精子バンクだと人柄が分からないから、と。ちゃんと自分で会って話してから決めたかったらしい」
「へぇ…。でも、だからといってTinderで探すかなぁ…。変わった人だね」
「だよね。1回会ってお茶したら、その場で人柄も気に入りましたと言われて、弁護士が用意した契約書が出てきて」
契約の内容はこうだった。
妊娠したら、彼女は彼に100万円を支払う。
もちろん認知はしない。
私は唖然とした。
「…サイン、したの?」
「100万もらえるならいっかって思ったのと、もしかしたら自分は子供のいない人生になるかもしれないと考えたら、それはそれでアリなんじゃないかと思っちゃって。でも、した後ですごく後悔した」
後日、彼女から連絡がきた。
「『妊娠しませんでした』と。それ見た瞬間、あー良かったって思って」
私はさらに唖然としながらも、真面目な彼が恋愛対象となる相手に何を求めているのか、さっぱり分からなくなった。
「てか、37歳はいけるんだ?」
「年齢は気にしない。検索範囲は23歳~38歳くらいまでにしてる」
「23歳とか、話が合わなくない?」
「うん。1回会ったけど、全然合わなかった笑」
おそらく彼には、”理想の相手像”のようなものがない。
選び放題のスペックをもちながら選べないのは、そういうことなのだろうと察した。
私たちは2時間ほどお茶をして、解散した。
「海苔子さん、すっごい面白い人でびっくりした」
私はこの日、彼の警戒心を解こうといつもより頑張って盛り上げたこともあり、春彦は別れ際にそう言ってくれた。
「お前のエピソードの方がだいぶ強かったけどな!」と内心思ったが、素直に嬉しかった。
春彦はこの2日後から、出張で10日間アメリカに旅立つと事前に聞いていたので、私は言った。
「出張、お気をつけて」
「今回の出張で、たぶん駐在の打診されるんだよなぁ。あっちの支社の偉い人と、謎の面談が入ってる」
そうか。そうだよなぁ…
商社マンは、そうだよなぁ。
私は仕事を辞めたくないし、キラキラ駐妻ライフに憧れる性格でもない。
もっと言うと、国内の転勤すら御免だ。
商社マンとの恋愛は、絶対に向いてない。
それでも私は、春彦の価値観をもう少し探りたかった。
「帰国したら飲もうよ」
「うん、また!」
実現したらいいなと、心から願った。
それから2日後の夜。
<いま、普段は使わないアメリカン航空に乗ってるんだけど、機内食がまずい笑>
春彦からどうでもいいオレ通信が届き、私は「脈ありか!?」とニヤニヤしながら、しばらくLINEの相手をした。
夜だったので私の睡魔がきたところでLINEを終わらせ、彼の帰国日から少し日にちを空け、連絡しようとLINEを開いた。
たまたまその日は、春彦の誕生日だった。
それならばとスタバのドリンクチケットを送ってあげると、返信がきた。
<ありがとう。嬉しい。海苔子さん優しいね>
<でしょ。今度は飲みましょ>
<うん。近々行こう!>
<○日の週はどう?>
だが、しかし。
私が送ったLINEは、華麗に未読スルーされた。
え…?
え…???
もう会うつもりなかったなら、何でそっちからLINEくれたの?
アメリカで何かあった?
駐在決まって、日本のことどうでもよくなった?
この数日で、もっと素敵な人が現れた?
マッチングアプリを使っていると、この手の”永遠の謎”は日常茶飯事なので、私は軽く落ち込みながらも「しゃーない」とすぐに諦めた。
そしてTinderを開き、あらためて春彦のプロフィールを見た。
顔写真は全て消され、どこかのバーで撮ったと思しきテキーラのボトルの写真1枚だけになっていた。
どうやらTinderでの活動は停止中らしい。
私はマッチを解除し、心の中で呟いた。
世界の果てまで、行っテキーラ★