港区在住、身長180センチ、職業は弁護士、30歳。
ライトアップされた東京タワーの遠景と<写真は自宅から撮ったものです>の文字。
名前は阿部(仮)。
経験上「港区在住」を強調する人間にロクな奴はおらず、普段の私であればスルーする案件だった。
それでも会うことに決めたのは、そんなクズオーラを放つ阿部と私の生い立ちにやたら共通点が多く、かなりの読書家であることがメッセージのやり取りで発覚したからだ。
平日の夜、銀座の中華料理屋で待ち合わせた私たち。
スーツで現れた阿部は、茹でてふやかした斎藤工のようなルックスをしており、妙に色気があった。会話のノリも合い、話せば話すほど「もしや運命では!?」と思ってしまうほどの共通点が次々と発覚した。
あれ、普通に恋愛対象としてアリだな?
でも待て、冷静になれ。
「港区在住」と書いてあったのだからっ!!!
阿部と話しながらも脳内ひとり会議は進行し、導かれた結論は「とりあえずもう一軒行こう」というものだった。
阿部がスマートにお会計を済ませてくれたので、
「次は私が払うね」
と言って適当なバーに入る。
酒が入った阿部は、とろんとした目でテーブルの上のジントニックを見つめながら、突然こう言った。
「俺、やめといた方がいいですよ」
「……はい?」
「俺、本当に女にも金にもだらしなくて。やめといた方が海苔子さんのためです」
もしかして私いま、告白してもないのにフラれてます?
脳内会議を再開させつつ阿部に詳細を問うと、Tinder中毒であると告白された。
「Tinderで彼女が出来ても、毎回こっそり続けてしまうんですよ。で、バレて、退会してよって言われるでしょ?そしたら目の前で一度は退会するんです。でも次の日になれば、勝手に親指が動いてダウンロードしてしまう」
それから阿部は、自分がいかにTinderでワンナイトを繰り返してきたかを訥々と語った。
半笑いで「病気だね」と返しながら、今日はこの場を楽しんで終わりにしようと決めて適当に切り上げると、阿部が「改札まで送ります」と言った。
駅まで歩いている途中、阿部の手が私の腰に伸びてきた。
「いや無理無理無理」と振り払うと、阿部は少し悲しそうな顔をしたもののそれ以上は何もしてこなかった。
何でこの流れでいけると思ったのか、逆にお尋ねしたい。
改札の前に着くと、阿部は自分の名刺を一枚取り出してくれた。
「またご飯行きましょう」
一人でホームの端まで歩き、改札を振り返ると、まだ阿部はそこにいて私に小さく手を振った。
え、どういうこと!?
クズなの?紳士なの?どっち!?!?
弁護士事務所と阿部の本名がプリントされた紙切れを見ながら、私はワンナイト専門家が最後にとった行動が理解できず、それから数日間、阿部のことが気になって仕方がなかった。
後日、阿部に薦められた小説(森鴎外)を読んだ私は、本気の感想文を書いて送りつけた。
私は、お前が今まで抱いて捨ててきた女とは違う。
ただそれを、分からせたかった。
阿部はすぐに長文の返信をくれて、私の考察を称賛した。
希望の光が差し込んだ、気がしたのも束の間、最後はこう締められていた。
<今度、海苔子さんに本の読み聞かせしてもらいながら寝たい>
東京タワーの見えるマンションの一室で、弁護士に森鴎外の読み聞かせをする自分を想像してみる。
ひとりで失笑し、阿部の名刺を破って捨てた。
結論、「港区在住」を強調する人間にロクな奴はいない。