<同業者さんですね!嬉しいです!>
無邪気なテンションの高さを見せた、早稲田大学卒の真面目そうな新聞記者(29歳)がいた。
つまらなくても30分で帰れるように、私は初めて会う人はなるべく喫茶店で会うようにしていたが、いろいろ仕事の話を聞いてみたかったこともあり、飲みに行くことにした。
私が指定した蕎麦屋に着くと、入り口前でそれらしき人が立ったまま文庫本を読んでいた。
蕎麦屋の前で文庫本を読む男…!!!
その古風な姿に少し心が躍る。
「こんばんは」
気づいた彼が文庫本から顔を上げ、マスクを外す。
どことなく顔はメンタリストDaigo風だが、すらりとした長身でなかなかかっこいい。
カウンターに並んで座り、お酒と蕎麦を注文する。
私はおしぼりで手を拭きながら、「迷わなかった?」と尋ねる。
駅から歩いて13分ほどかかるアクセスの悪い店だった。
「電車着いたのがギリギリだったんで、駅からタクシー乗っちゃいました。初対面で遅刻したら第一印象最悪じゃないですか」
さすが記者だな、と感心していると、彼はポケットから名刺入れを取り出し、一枚抜き取って差し出した。
「初めまして。松田智明(※仮名)です」
「え!すみません、私、今日は名刺持ってなくて」
Tinderで知り合った人といきなり名刺交換することになるなど、どうして想像できよう。
なんて誠実なんだ。株価爆上がり。
お酒が到着し、小声で乾杯をした。
二人とも読書が好きと事前にやり取りをしていたので、自ずと本の話になる。
「最近読んで面白かったのは…」
私が話し始めると、彼は
「あ、ちょっと待ってください。メモ取るんで」
と言って、シャツの胸ポケットから小さいメモ帳とボールペンを取り出した。
「メモって、そのメモ?」
「あ、はい。え?」
何がおかしいの?という表情で言う。
「普通スマホじゃない?」
私が笑いながら言うと、
「あ、そうか。全然意識したことなかったです」
彼はいたって真面目な顔でそう答えた。
やべぇ…記者やべぇ…と思いながらおすすめの本を紹介し、「智明君のおすすめは?」と尋ねる。
彼はメモをポケットに仕舞い、
「僕は恋愛小説しか読まないんですけど」
と前置きをして話し始めた。
キモい…記者のくせに恋愛小説しか読まないのキモい…
と思いながら、彼の言うタイトルをメモしていく。(スマホで)
私は人におすすめされたものは相手が誰であれ目を通すようにしていて、彼が推薦した恋愛小説は、後日読むととても面白かった。
感想を伝えたい気持ちはあったが、
「来年また転勤で、北海道から沖縄までどこに行くか分からない」
という彼とは長く関係性を築ける気がせず、それから特に連絡を取ることもなかった。
1ヶ月ほど経って、彼のことを忘れかけていた頃、朝起きるとLINEがきていた。
送信時刻はAM3時48分。
<海苔子さんって、やっぱり美人ですよね>
私以降に会った女性がイマイチで、
夜勤中の変なテンションで送ってしまったのだろうか。
こえぇ…記者こえぇ…と心の中で返信をした。