内定式の時だったろうか。
たしか人事部長は、内定者全員に向かってこう言っていた。
「大阪にも編集部はあるが、規模が小さいし、関西出身者が異動希望を出して行くケースがほとんどだから、君たちが転勤になる可能性は2%くらい」
私はその2%に入ってしまったらしい。
自分の不運を呪った。
ほんの一瞬で、いろんなことが頭を駆け巡った。
タクヤに会えなくなってしまう。
いやでも、彼もそのうち海外に行くか。
転勤はせいぜい3年だろうし、同じタイミングで東京に戻って来れたりするのかな?
ん、ちょっと待て。
マンションの更新料10万、先週払ったばっかなんだが?
4月の武道館ライブ、チケット取ったのに行けないじゃん。
え、てか何で私なの??
大阪に異動希望出してた人、他に何人もいたの知ってるんだけど?
何でいま言うの?遅くない?
これは、もしかして夢???
その間も人事課長は、なぜ私なのかという理由と、今後の手続きや家探しのことなどを30分ほどかけて説明していたようだったが、頭が真っ白でほとんど聞こえなかった。
帰宅して冷静になり、タクヤに電話をかけて転勤が決まった旨を伝えた。
「え、マジ?笑」
彼は終始明るいトーンで、「もう飲みに行けないね~」と茶化すように言った。
感情が、読めなかった。
「飛行機タダなんでしょ?遊びに来てよ」
「うん、行くよ。引っ越しはいつ?」
「3月末。早く家探さなきゃ」
「じゃあ引っ越しの前に壮行会してあげるね」
そうして3月の終わり、彼は当時の我々が行くにしては高級な、夜景の見える焼肉屋に連れて行ってくれた。
タクヤはいたって普段通りでしんみりすることもなく、私はそれが嬉しかった。
食事には行けなくなるけれど、電話ならいつでもできる。
私たちの関係は変わらない。
そう思えた。
そして私は新幹線の片道切符を買って、縁もゆかりもない大阪に引っ越した。
大阪の編集部の人たちは優しく迎えてくれたが、若手が少なく(私が最年少だった)、仕事も本社とは違っていて、慣れないことだらけでしんどかった。
休日は家の片付けが終わると、やることが何もなかった。
友達がいないからだと気づいた。
タクヤから週3回かかってきた電話は、4月1日以降、ぱたりと止んだ。
武道館ライブのチケットはネットで売り払った。
何もかもがつらくて、本当に毎晩泣いた。
必死で2週間生きた後、私は痺れを切らして、タクヤに電話をかけた。
「どうしたの?大阪慣れた?」
彼は何事もなかったかのように出た。
「つらい。東京に帰りたい」
私が弱音を吐くと、彼は「いや大丈夫でしょ笑」と軽率に励ました。
その軽さに、腹が立った。
極め付けに、こう言われた。
「そっちで彼氏つくればいいじゃん」
…は???
私のこと好きなんじゃなかったの?
この1年以上にわたる思わせぶりは、何だったの!???
涙が溢れてきて、私はそれをタクヤに知られたくなくて、「もういい」と言い捨てて電話を切った。
こうして私は、第1回目の失恋をした。
(2回目があるなんて思ってもなかったが)
続く。