立教大学卒、雑誌編集者、29歳。
名前はユキヒロ(仮)。
妖怪ぬりかべを限界までイケメンにしたような、のっぺりとした顔の自撮りだけが載っていた。
自撮りしか載せない男性はたいてい友達が少なく、恋愛にコミットしがちなので、それが苦手な私はあまりLIKEしないようにしている。
だけど編集者は例外だ。
経験上、話の合わない人はいない。
私はユキヒロとマッチし、さっそく仕事のことを聞いてみた。
<何系の媒体?>
<前は紙やってましたけど、今はティーン雑誌のウェブです。フリーなので、正社員になりたくて転職を考えているところですが。海苔子さんは何系ですか?>
<前職はXX系で、今は○○系かな>
<へぇ、すごい。ちょうど今ES書いてるんですけど、よかったら読んでもらえませんか?>
ざ、斬新…
初対面の人にESを読ませる警戒心のなさに「距離感バグってんじゃね?」と疑ったが、場所も時間もこちらに合わせてくれるというので、私が渋谷にライブを観に行く日、終演合わせでお茶をすることにした。
当日。
<タリーズでES書いてるんで、終わり次第連絡ください>
ありがたい提案をいただき、私は終演後すぐユキヒロと合流した。
別のカフェに入り向かい合って座ると、いかにもサブカル男子な、小柄でオシャレなぬりかべがそこにいた。
「ES書けた?」
私が聞くと、ユキヒロは言った。
「サイトのフォームに直接入力してたら、さっき途中でデータ飛んじゃった。締切近いし、今回は諦めるかも」
彼は年上の私に対し、めちゃくちゃタメ口だった。
私自身、Tinderではタメ口を貫いているので、初対面で年下の相手がタメ口でも普段は全く気にならない。
だけど、同業者だからだろうか。
この時だけは違和感を覚えた。
「最近はどういう記事を担当してるの?」
ユキヒロは名刺を差し出し、とあるティーン雑誌のウェブサイトをスマホで開いて見せてくれた。
「これとか。肩書は編集だけど、ライターもやらされてる」
「マジ?忙しすぎない?」
「うん。それでもウェブになってからマシになった方。紙やってた頃は、マックス7徹したことある」
7徹!?!?
確かに激務は激務なのだろうけど、要領悪いんじゃないだろうか、この子。
彼が見せてくれたページでは、ティーン向けの最新ファッションがカラフルな写真とともに紹介されていた。
<JK必見♡韓国っぽコーデ♪>
的なタイトル(雰囲気)が付けられたその記事は、とても成人男性が書いたとは思えないテンションの文体だ。
「こういうの女性が書いてると思ってた笑」
「社員も含めて、男は俺だけだよ。正直やめたい。ライター自体やりたかったことじゃないしさ」
「まあ、勉強にはなりそうだけどね」
「でもこういう記事、文字は本当に読まれないよ。一回ほぼテキストなし・写真だけで構成したことあって、その時の方がビュー数増えて切なくなっちゃった。こんなに読まれないなら、書かなくていいじゃんって」
あぁ、わかる。
私はタメ口の違和感をずっと引きずりながら話を聞いていたが、その一点に関しては激しく共感した。
「海苔子さんはどういうの作ってきたの?」
私は過去に担当した雑誌や記事を、サイトを開きながら軽く紹介したが、どうしてかユキヒロの反応は薄く、会話を広げようとしてこない。
ん、何で…?
同業者なら絶対深掘るでしょ、ここ。
その後、仕事以外の話もいろいろとしたが、会話はどうにも噛み合わなかった。
人生で出会ってきた編集者たちとはまるで違う。
なんだろうこの、奇跡的なまでの波長の合わなさは。
私は次第に、いかにこの場を切り上げるかを考え始めていた。
すると突然、ユキヒロがちらりと時計を見て言った。
「ねぇ、すごく失礼なことしていい?」
「…何?」
「観たいサッカーの試合があって。音は出さないからここで流してていい?」
ありえねぇぇぇ!!
観たいならさっさと帰れよ。
私は脳内でレッドカードを突きつけながら、感情を殺して「どうぞ」と言った。
「あれ?電波悪いな、ここ」
ユキヒロはぶつぶつ言いながら中継を観ようとしていたが、そのカフェが地下にあったため、電波が弱かったらしい。
しばらくすると、スマホを置いてこう言った。
「まぁいいや。諦める。てかさ、お腹空かない?ごはん食べに行こうよ」
駄目だこいつ。
距離感バグってる。
「ごめん、明日早いから帰る」
そうして私は自分のコーヒー代を支払い、18時にそそくさと地下鉄に乗り込んだ。
連絡先は交換しなかったが、後日。
ユキヒロからTinder経由で連絡がきた。
<やっぱり転職することにした!手取りが10万上がるからね。またカフェ行こ!>
鈍い。
鈍すぎる。
だけど7徹を耐えて生き残るには、このくらいの鈍さが必要なのだろう。
次の職場で、彼の徹夜記録が更新されることを、私は陰ながら願っている。