職業クリエイター、30歳、身長172センチ。
黒髪にインナーカラーで青を入れた、バンドマン風の男性が目に留まった。
奥二重の目と薄い唇がどことなく川谷絵音に似ていて、要は私のタイプだった。
<フリーランスで動画を作ってます。スケジュールは融通効くので、海苔子さんの都合の良い時にお茶でも>
絵音は顔の見えない私に、テキストでこう続けた。
<渋谷にあるXXXって喫茶店、海苔子さんに似合いそう>
漫画家といいモーニング息子といい、私はなぜかクリエイター気質の人に好かれる。
ミステリアスぶった私のプロフィールは、刺激を求めてやまない彼らに刺さりやすいのだろう。
そんな分析をしながら、私は指定された喫茶店に向かった。
カプチーノのような洒落た飲み物を一切置いてない、硬派な雰囲気の店だ。
「わぁ…本物の海苔子さんだ」
先に席で待っていた絵音は、開口一番そう言った。
「本物も何も、顔知らなかったじゃん」
「それでも、すごーく会ってみたかったんですよ」
「…何で?」
「感性が合いそうだったので。俺、ストライクゾーンめちゃくちゃ広いから顔にこだわりないんですよね。まあ、男梅みたいな顔してたらさすがに無理ですけど!」
男梅みたいな顔の女、見たことあんの?
顔どうでもいい宣言は正直あまり気持ちのいいものではなかったが、絵音の独特な感性は面白く、会話は弾んだ。
喫茶店をハシゴし、流れで代官山まで歩いて蔦屋をぶらつく。
絵音はやけに界隈の店や道に詳しかったので「この辺に住んでるの?」と聞くと、急に歯切れが悪くなった。
「うん、まぁ近いっちゃ近い」
この微妙な反応は…もしやお前、既婚者?
中身もゲスを極めてる系?
絵音は私の疑念を察したのか、慌てて続けた。
「ここから歩いて3分くらいのところで一人暮らししてる。出身が島根で、東京のオシャレな街といえば代官山っしょ!と思って住んだけど、いかにも過ぎてだんだん恥ずかしくなってきて。だから住所聞かれたらいつも『西の方』って濁してる」
こいつ、おもしれぇ。
私はこの時点で、わりと絵音に惹かれていた。
大学を出ていない彼は私の求める最低条件を満たしていなかったが、フリーで何年もやってこれているだけのスキルがあるなら十分だろう。
だがしかし、一つ、どうしても確認したいことがあった。
絵音の稼ぎである。
身につけている服は高そうだが、代官山にだって風呂なしアパートはある。
私は「さりげなく年収を調べる方法」として、何度か実践したことのある技を繰り出した。
「絵音君はふるさと納税とかやってる?」
こうして聞き出した品々から納税額を推測し、年収を逆算するのだ。
ちょうど蔦屋にいる私たちの目の前の本棚には、マネー系の本が並んでいた。
神の思し召しでしょうか。
「あー、そういうの疎くて。何もしてない」
撃沈。
この日はそれにて解散し、後日、絵音の提案で、レンタカーでドライブに行くことになった。
海ほたるの展望台から海を眺めながら、私はふと思ったことを呟いた。
「海ほたるってこっち側は橋で、反対側は海底トンネルなんだよね?何でこんな半端なつくりなんだろう」
「それはね、」
絵音がすらすらと解説をする。
わかりやすく、面白い説明だった。
「へぇ、知らなかった。何でそんな詳しいの?」
「今の話はね、ぜんぶ想像!」
予想外のことをされると、私は弱い。
あぁこの人、好きになりそう。
帰り道、絵音は遠回りをして私の家まで送ってくれた。
健全なデートを楽しんだ私は、お礼のLINEと一緒にこう送った。
<絵音君の部屋、見てみたい>
先方はエロい解釈をしたに違いないが、無論、御社の財政状況を把握するためである。
後編はこちら↓