海外大卒、IT企業経営、34歳。
東南アジア系の顔立ちをした182センチの長身で、ソムリエの資格をもっていた。
名前はサトル(仮)。
薄い顔しか愛せない私に東南アジア系はちょっと厳しかったが、グローバルな経歴と仕事内容に興味を惹かれた。
<お酒は飲めますか?知り合いの社長が経営してるレストランがあって、よかったら一緒にどうですか?>
サトルから送られてきたリンクを開くと評判の良いフレンチで、客単価が1万円を超えるやや高級店だった。
もう少し若ければ「初回なので、もう少しリーズナブルなお店にしませんか!」などと提案したかも知れないが、この歳になるとそうもいかない。
内心(奢りであってくれぇ!)と思いつつ、滅多に着ない綺麗めのワンピースを着て、私は指定されたレストランに向かった。
サトルは早めに着いていたようで、私が着くと既に中に入って座っていた。
あぁ、やっぱり東南アジア顔だなぁ。
レストランはフレンチだけど、相手はタイだなぁ。
などと思いつつ、店の空気に負けた私は「誰にでもタメ口」というマイTinderポリシーをこの日ばかりは捨てることにした。
サトルはにこやかに言った。
「はじまして海苔子さん。今日はよろしくお願いします。ワインは飲めますか?」
ヨロシクオネガイシマス!!!
ああ、むず痒い。
お見合いみたい。
日頃、神保町の古い喫茶店で「ねぇ昨日のあれ観た?」みたいなサブカルトークから初対面をこなしている私には、ちょっと耐え難い空気が流れた。
「赤はちょっと弱くて、白の方が好きですね」
「なるほどー。泡はどうですか?」
「好きです」
「じゃあ、いい感じの泡にしますね」
それからサトルはシェフを呼び、私の知らない専門用語で二、三会話をし、運ばれてきたのは見たことのない赤のスパークリングだった。
「赤でも、きっとこれなら気にいると思いますよ」
赤の泡とかあるんや…?
私はその程度の知識しかないワイン素人だが、乾杯をして口に含むと、ちょっとびっくりするほど美味しかった。
「むうう、すごい酒だ!人間の持つ味覚のつぼ、嗅覚のつぼ、そのすべてに鮮烈な刺激を与えて、快感の交響曲が口腔から鼻腔にかけて鳴りひびく…」
いざという時のために暗記した『美味しんぼ』57巻のセリフを、今こそ繰り出すべきではないかと思ったが、店の空気が違いすぎたのでやめた。
「サトルさんはお仕事何されてるんですか?」
「IT企業で働きながら、自営業でワインの輸入販売をしています」
「だからワイン詳しいんですね。あれ、大学はアメリカなんでしたっけ?」
「大学もだし、15歳までシンガポールに住んでたので、人生の半分は海外ですね」
サトルはよく喋り、よく笑う人だった。
そして私は、サトルの喋り方に違和感を覚えた。
本当に僅かながら、日本語が訛っているのだ。
例えるなら、日本に来て30年が経つ中国人留学生の訛り方。
私は失礼を承知で尋ねた。
「えっと、日本人ですよね…?」
「はい。でも父は中国人でハーフですね」
吾輩の勘、遠からず。
サトルは何を聞いても変わらずニコニコ笑っていて、私は少ししんどくなってきた。
全然笑わない人と、ずっと笑っている人が、同じくらい苦手だ。
「海苔子さんはどういう人がタイプですか?」
急に恋愛の話を振られて、しんどさが増した。
これはもう~The END~のサインだが、予約されていたフルコースは、まだ前菜しか終わってない。
あと何皿出てくるんだろう。
私はサトルを傷つけないように無難な言葉で返し、同じ質問を返した。
サトルはこう答えた。
「明るくて、ポジティブな人が好きですね。あと海外に抵抗がない人かな。ゆくゆくはアメリカでも起業しようと思ってるので」
「ワイン販売の海外展開ですか?」
「はい。本当は向こうの大学出た後すぐやればよかったんですけどね」
その時、店のドアが開いて、シュッとした日本人男性が入ってきた。
「おぉー、久しぶり!」
だ…誰?
後編はこちら↓