プロフィール欄に、ポーランドを一人旅した時のエピソードを書き連ねる男がいた。
<驚愕のラストに、あなたはきっと涙する。>
安い映画のような宣伝文句で締められたそのエピソードの「ラスト」が気になった私は、つい右にスワイプしてしまった。
彼の名前は慎吾(仮)。
ジャニーズジュニアの最終選考で落とされてそうな、中性的な童顔の27歳だ。
<LINEで電話できますか?>
マッチした途端、慎吾からメッセージが届く。
IDを教えると、すぐに着信があった。
私は通話ボタンを押し、挨拶や自己紹介をすべて省いて言った。
「ラスト聞かせて?」
慎吾は動揺することなく、落ち着いた声で言った。
「では、はじめから話しますね。30分かかるけど時間大丈夫ですか?」
なげぇな。
そう思いつつも、暇を持て余していた私は慎吾の話を聞くことにした。
慎吾のエピソードトークは、30分聞いていられるほどには仕上がっていた。
何十回も話すうちに余分な箇所が削ぎ落とされ、完成されたのだろう。
「…というお話でした。ご清聴ありがとうございました」
驚愕のラストに涙することはなかったものの、私は慎吾に少し興味が湧いた。
「ありがとう。面白かった。…で、何のためにこんなことを?」
すると慎吾は、驚愕のラストよりも驚愕の一言を放った。
「僕、家がないんですよ」
はい?
「知らない人の家を泊まり歩く生活をもう2年以上続けていて、このエピソードトークは営業活動の一環です」
「え、どういうこと?」
聞くと、慎吾は2年以上もの間、仕事をせずに路上やTinderで泊めてくれる人を探し、貯金を切り崩しながら他人の家を泊まり歩いているとのことだった。
「いきなり泊めてくださいって言っても警戒されてうまくいかないんです。だから先に話して、信用してもらってから交渉するようにしていて。今は埼玉の一人暮らしのサラリーマンの家から話してます」
「家主は?」
「仕事に行っちゃいました」
「鍵を置いて?」
「はい。昨日の夜泊めさせてもらって、今日も居ていいよって言われたから留守番状態」
そのサラリーマンとは昨晩、路上で知り合ったという。
一晩で鍵を預けさせるほど他人を信用させる何かが、こいつにはあるのだろうか?
「…で、要は私の家に泊まりたいと?」
「はい、そういうことです」
私は迷うことなく答えた。
「ごめん、ワンルームだしさすがに無理。喫茶店でお茶するならいいよ。XXX(私の住むエリア)あたりに来る機会があれば教えて」
そう言って電話を切った。
1週間後。
<今日の家はXXXに決まりました>
慎吾からLINEが届き、私たちは本当にお茶をすることになった。
現れた慎吾は遠目でもわかるほどの巨大なバックパックを背負い、使い古したウエストポーチを腰に巻いていた。
世界を旅する大学生バックパッカーのような様相にごはんをご馳走したくなったが、いや待て。
こいつは世界を旅しているわけではない。
毎日ワケもなく少し移動しているだけの27歳ニートである。
私は取材精神を発揮し、慎吾の経歴やこの活動を始めた経緯、そして今後どうするつもりなのか、と質問を続けた。
「東京は本当に親切な人が多いから、いろんな人の家に泊まるのが楽しくて楽しくて。貯金がなくなるまでやろうって決めてます。実際、お金はほとんど遣わないから、多分あと3年くらいはできると思う」
あと3年経てば、こいつは30歳になる。
5年の無職期間を経た後、彼はどうやって生きていくのだろう。
「先のことは何も考えてないです。でも、どうにかして生きてはいけるから」
私はふと、目の前の男の鈍さが羨ましくなった。
重たい荷物を背負い歩き、見知らぬ他人の家に泊まり続けても疲れることなく、ひたすらに楽しいという。
それは、彼が鈍いからだ。
だけど鈍さは、強さでもある。
喫茶店を出る時、私が慎吾にコーヒーを奢ろうと伝票を掴むと、彼は言った。
「自分の分は出しますよ!僕、年齢詐称してて、本当は32なんで」
…ふぁ!?
「27歳にしといた方がマッチするから」
いやいやいや引く引く引く!!!
32歳の意志強いニートは引く!!!
ドン引きしながら、私は笑顔で言った。
「働けよ」
年齢なんてただの数字。
ローランドが言ったこの言葉を、私はあの日から信じていない。