<昨日はありがとう。XXのお土産を渡そうと思ってたのに持っていくの忘れたから届けに行きたいんだけど、今週の土曜は家にいる?>
なんだ、これは?
これでほいほいと家にあげていては、セフレまっしぐらではないか。
私はきっぱりと伝えた。
<夕方以降ならいるけど、家にあげるとかは無理だよ>
<次の日仕事だし、渡したらすぐ帰るよ。お菓子で賞味期限あるから早く渡したいだけ。じゃあ夕方頃に行くね!>
前にも書いたが、彼の家は私の会社の目の前にある。
本当にお菓子を渡したいだけなら、「今ちょっと下に降りれる?」で済む話だ。
それを、わざわざ週末に私の家まで届けにくるということは、どういうことだ?
何か話があるのか?
「考え直した。やっぱり付き合おう」的な展開…?
私は淡い期待をして、週末を待った。
土曜の夕方、タクヤから<交差点のとこにいる>と連絡があり、私はマンションの外に出た。
仕事終わりの彼はスーツ姿で、私に紙袋を手渡すと「じゃあ、また」とあっさり立ち去ろうとした。
嘘だろ…?
「ちょっと待てぃ!」
口から思わず、相席食堂のノブと同じセリフが飛び出した。
「え、何か話すことあるんじゃないの?」
タクヤはきょとんとした顔で私を見た。
「…ないよ?」
「だってこれ、私が出社してるタイミングならいつでも渡せるじゃん。わざわざ届けに来るってことは、何か話があるんじゃないの?」
「…あ、いや、本当にない」
私は腹が立ってきて、「ちょっと来い」と言ってタクヤを家にあげた。
椅子に座らせて面と向かい、「本当に私と付き合うつもりはないのか?」とダイレクトに聞いた。
つい数週間前、初めて恋愛の話をしてキャッキャ言ってたのが嘘みたいだ。
すると、タクヤはポツリと話し始めた。
「実は数年前まで、同棲してた彼女がいて、」
同棲してた彼女?
元妻だろ。
この期に及んで何で隠すの?
隠すことに何の意味があるの?
全部知ってるんだよ、こっちは。
思ったけど、言わなかった。
「その子とは長いこと仲の良い友達だったんだけど、同棲してから飲みに行きすぎだゲームのしすぎだって干渉されるようになって、喧嘩ばかりになって別れたんだよね。こんなことになるくらいなら、たまに飲みに行く関係のままでよかったじゃんってすごく後悔した」
だから、何だ。
「海苔子とは、そうなりたくない」
ふざけんな。
「…あの、私はその元カノとは、違う人間なわけで、」
なぜこんなしょうもない男を説得しようとしているのか、自分でもわからなかった。
「私は人に干渉するタイプじゃないし、付き合ってみないとわからなくない?付き合ってみて、やっぱり駄目だってなったら別れる、でよくない?」
タクヤは真っ直ぐに私の目を見て言った。
「それで別れて気まずくなって、会えなくなるのは嫌だ」
どうせもう、一度寝た男と何もなかった顔をして飲みに行くことなどできはしないというのに。
一度のチャンスさえくれないのか。
それさえも面倒くさいのか。
「私はタクヤのセフレになるつもりはないし、それならもう会えないよ」
黙るタクヤに、私は最後の確認をした。
「私がこれから別の人と付き合ったり結婚したりしても、いいってことだよね?」
「…止める権利はないと思う」
嫌だと言われることはないとわかっていたはずなのに、私はこの言葉にショックを受けた。
「じゃあ、もう話すことないや。帰って」
涙が出そうになった。
顔を見られないようにタクヤの背中を押してドアの外に出して鍵をかけ、涙が出る前にと急いで風呂に入った。
風呂から上がりスマホを見ると、LINEの通知があった。
<不在着信>
タクヤからだった。
折り返したくてたまらなかったが、連絡すると負けだと思い、無視した。
それからもう半年以上が経つが、彼からの連絡はない。
長い長い話になったが、これが「10年来の友人と結婚する世界線の話」の終わりである。
「昇格試験が終わるまでは」という意志は、私がどう足掻いても変えることのできない強固なものだったし、形だけ付き合って飽きたら別れることだってできたのにそれをしなかったのは、彼なりの誠意だったのだと今は思っている。
でも、それならなぜ、「同棲してた彼女」なんて表現をしたのだろう。
頑なに結婚してたと言わないのだろう。
それだけはずっと、理解に苦しむ。
ここには私が体験したありのままを書いたが、きっと彼から見えた景色は違うものだったはずだ。
まだ私が知らない、とんでもない一面を隠し持ってる可能性だってある。
逆もまた然りで、私がTinder芸人であることも、こんな狂ったブログを書いていることも、もちろん彼は知らない。
知ったらどう思うんだろう。
ドン引きするかな。
どうせ会わないならもう、読まれてもいいや。
最後に会ったあの日、「何で結婚したこと黙ってるの?」と、聞いてしまえばよかったな。
だけど、こんなにも続いた縁だ。
長い人生のどこかでまた、すれ違う予感がする。
例えばまた10年後、「実はあの時、全部知ってたんだよね」と、笑って話せたらいいと思う。
最後に、こんな個人的な駄文を最後まで読んでくださった方へ。
ありがとうございました!
考察等あれば、DMやメッセージで送ってくださると嬉しいです。
この話を友人にすると、「ドラマみたい」とよく言われる。
現実はなかなか、ハッピーエンドで終われないな。
<終>