占いにハマった元新聞記者

東大卒、IT系、33歳。

名前は恭一(仮)。


タロットカードを並べた写真と、「趣味は占いです」という東大男子らしからぬ一文が目に留まった。


写真を見る限り顔立ちは悪くないが、全体的にイケてないオーラが漂っていて、おまけにプロフィールの最後にはこうあった。


<172cm / 80kg>

 

なぜ、書いた??


身長を聞かれることはあるだろうが、わざわざ体重を聞いてくる人などそういないし、写真からは太った印象も感じなかった。


Tinderは男性が無料で使える希少なマッチングアプリなので、この手の、アプリにも女性にも慣れてないタイプが案外いる。
 
<私も占ってくれる?>


占星術とタロットならできますよ!>
 
シンプルに占ってほしかったのと、IT企業の前は新聞記者をやっていたという恭一とは共通の話題もありそうだったので、会ってみることにした。
 
私が指定した喫茶店に恭一は早めに着いたようで、待ち合わせの10分前にこんなメッセージが届いた。

 

 
嗚呼、奇人。

 

苦笑いしながら喫茶店に着くと、ぱんぱんに膨らんだ風呂敷が見えた。


「その風呂敷の中身は、占いグッズ?」

 

私が尋ねると、恭一は「いえ、先ほどXXで買い物をしてきまして…」と、買った雑貨を見せてくれた。

 

恭一の顔をあらためて見る。
やはり整っているが、全身からお手本のようなチー牛感がにじみ出ていた。

 

10kg痩せて髪と眉毛整えたら大化けするのになぁ。
 
と内心思いつつ、喫茶店に入り恭一が占いにハマったきっかけを聞くと、興味深い経歴を教えてくれた。

彼は東京生まれ、東京育ちのシティボーイ。


東大を出て念願の新聞社に入ったが、記者の仕事がつらくて4年で退職。
その後ベンチャー企業に入るも合わず、5社ほど転職を繰り返し、あまりにも将来が不安になり、初めて占いに行った。


「すごくよかったんですけど、これに3千円払うなら自分でもできそうだなと思って」

 

まさかの「自分でやった方が安上がり」という、ジェルネイルみたいな理由で占いを始めたとのことだった。
 
私は自己紹介もほどほどに、さっそく占いを始めてもらった。


恋愛と仕事を見てほしいと言うと、恭一はテーブルいっぱいに黒い布を敷き、タロットカードを混ぜて3つの束に分けた。


隣のカップルの「何だこいつら?」という視線が痛い。

 

「この3つの束を、好きな順番に重ねてください」


言われるがままカードを重ねると、恭一はその束をさらに何度か切って混ぜた。
最後に一番上のカードをドアをノックするようにコンコンと叩くと、一枚ずつテーブルに並べていく。
 
カードは絵柄に加え、上下どちらの向きに出たかにも意味があり、相手の現状を聞き、対話しながら解釈していくものらしい。
 
「海苔子さんのお相手は、頭がよくて…それもちょっと冷酷に感じるくらいの人で、なおかつ、お金のない人です」


「…え?笑」


「心当たりはありますか?」


「…ないし、あったとしてもお金のない人は好きにならないと思うなぁ」

 

「…」

 

「…」

 

「じゃあ次は、全体的な恋愛運を見てみますね」


再びカードを混ぜる恭一。


相変わらず隣のカップルの視線が痛い。

 

嘘みたいだろ?Tinderアポなんだぜ?
そう教えてあげたかった。


先ほどと同じ動作を繰り返し、恭一は再びカードを並べて私に尋ねた。


「昔、すごく素敵な人がいたみたいですね。その人に未練があるようです」

 

「どうだろう。あまり引きずるタイプじゃないけど」

 

「運命のお相手は、もう出会ってるみたいですよ」

 

「運命の…って、さっきの頭よくてお金ない人のこと?」


「はい」

 

だから、心当たりねぇよ… 

 

その後も仕事運を見てもらったが、なんだか腑に落ちない結果だった。

 

というか、タロットを私が動かすのは3つの束を1つにまとめる瞬間だけで、その前にも後にも恭一がシャッフルし直す。

 

これって”私の”結果なんだろうか?

 

また、カードは解釈の幅も広く、私が「こういう解釈もできる?」と聞くと、「できます」と返ってくる。

 

なんかよう分からんな、タロット。

 

と思いながらも、新しい体験をしたことで2時間弱、それなりに楽しく過ごした。

 

別れ際、恭一は私に愚痴をこぼした。

 

「僕、来月また転職するので◯◯に引っ越すんです。もうお金がかかって大変で」

 

「そっか。今度は仕事、続くといいね」

 

私はそう言いながら、ふと先ほどの占い結果を思い出していた。

 

「海苔子さんのお相手は、頭がよくて…それもちょっと冷酷に感じるくらいの人で、なおかつ、お金のない人です」

 

え、お前???

 

と一瞬思ったが、連絡先も交換せずに解散した。

 

多分こいつは、占いがなければ、間がもたない。

占うまでもなく、私にはわかったからだ。