1回飲みに行っただけの男と海外旅行に行った話②

もろもろの手配は、旅慣れている私が行った。

 

桜井は何の疑いもなく、1度しか会ったことのない私にパスポート情報を送りつけてきた。

 

<よく怖くないね>

 

私がそう送ると、

 

<自分の個人情報にそんな価値があると思ってないんで>

 

と返ってきた。

 

変な奴だった。

 

旅費はいったん私が立て替え、空港で桜井から現金をもらう流れになった。

 

待ち合わせは朝7時、成田空港。

私の家からでは、5時に起きないと間に合わない。

 

日頃、意識の低い大学生みたいな時間に起きている私は早起きが不安すぎて、「起きたらお互い『起きた』とLINEすること。もしLINEがこなければ鬼電すること」と約束し、眠りについた。

 

果たして来るのだろうか。

 

送られてきたパスポート情報は全部嘘で、気づいたらLINEはブロックされていて、私が無駄に2人分の旅費を払ったまま孤独な一人旅をする可能性もゼロではない。

 

どうか来てくれ。起きてくれ。

 

そう祈りながら、私は朝5時ちょうどに飛び起きてLINEを送った。

 

沖田総司

 

すぐに返信はきた。

 

<え、どっち?>

 

いや、起きてない可能性ないだろと寝ぼけたままツッコみつつ、<起きた!後ほど!>と返し、成田空港で1カ月ぶり2度目の対面を果たした。

 

「おはようございます!なんかあまり眠れませんでした」

 

桜井がシャキっとした見た目と声でそう言った瞬間、私は俄かに緊張した。

今からこいつと、2泊3日一緒に過ごすのだ。

 

海外旅行なんて、家族かよほど仲の良い女友達としか行ったことがないというのに。

 

保安検査を済ませ、空港のカフェで朝食を摂りながら旅程を確認していると、彼はスマホを見ながらこう言った。

 

「カカオタクシーのアプリをダウンロードしたんですけど、なぜかカカオトークのIDでログインできなくて」

 

カカオトーク

それは、LINEの二番煎じのメッセージアプリ。

本名のLINEで連絡を取りたくないヤリモク必携のアプリとして名高い。

 

「え、カカオトーク入れてるの?」

 

「はい」

 

「あれってヤリモクのアプリだよね?」

 

「え?あー…いや、そんなことないでしょ」

 

変な間を空けて、桜井は続けた。

 

「普通に生きてたら入れるタイミングありますよね?」

 

ねぇよ。

先が思いやられたが、私は何も気にしてない風を装って質問した。

 

「ところで、現金いくら持ってきた?」

 

「20万です。全部溶かしてもいいやと思って」

 

え。

え?

 

5万しか入ってない自分の財布が、急に軽く感じられた。

 

飛行機は予定通りに飛び、昼頃、仁川空港に着いた。

 

私たちは2日で2つのカジノをハシゴする計画を立てていた。

一つが空港の近くにあるパラダイスシティ、もう一つがソウルの中心地から1時間ほどかかる場所にあるウォーカーヒルである。

 

初日の今日。

私たちは空港に着くやいなや、シャトルバスでパラダイスシティに直行した。

 

ここはホテル併設のカジノである。

なぜかロビーには草間彌生の黄色カボチャが置いてあり、カジノの入口の天井にはシャンデリアがぶら下がっていた。

 

 

入口でパスポートを見せて会員登録を済ませると、さっそく中に入った。

 

中は撮影禁止なのでお見せできないのが残念だが、テーブルゲームのゾーンとスロットなどのマシーン系が並ぶゾーン、そしてレストラン&バーと分かれていてかなり広い。

 

平日の昼間にも関わらず、そこそこ人はいる。

空港から近いせいか、いかにも観光客な日本人の大学生や若い女性もちらほら見えた。

 

ソフトドリンクが無料だったのでコーラを飲みつつ、まずは持ってきた3万円をチップに交換した。

(※パラダイスシティでは日本円を直接チップに交換できる。)

 

出てきたチップは、カラフルな丸いプラスチックの板で、おもちゃみたいだった。

この1枚が数千円、数万円の価値をもつなんて嘘みたいだ。

 

さっそく桜井とポーカールームに行こうとしたが、生憎ポーカーはまだ営業しておらず(カジノにより営業時間が違うらしい)、1時間ほど持て余した。

 

「暇つぶしにルーレットかブラックジャックでもする?」

 

桜井がそう提案したので、私はルールもよく分からなかったが参加してみることにした。

 

ひときわ日本人で賑わっているルーレットの卓があったので、覗いてみる。

どう見ても大学生くらいの若い日本人の男の子が、山積みのチップを賭けていた。

 

「これ、8万っす。俺の全財産」

 

茶髪の彼は、ニヤニヤしながら私に言った。

 

「8万ウォン?」

 

「いや、円」

 

8万円分のチップは、赤いマスの上に積まれていた。

 

ルーレットは、赤か白、またはどの数字に玉が落ちるかを予想して賭けるだけの超シンプルな運ゲーである。

 

この男の子のように赤に賭けた場合、玉が赤に落ちれば8万円は16万円に、白に落ちれば0円になる。

 

馬鹿なの…?

 

見守っていると、ピシッと制服を着た韓国人男性のディーラーが、ルーレットを回し始めた。

 

続く。