翌月。
私はいい感じのビストロを予約し、簡単なプレゼントを持参してタクヤの誕生日を祝った。
付き合うなら付き合うで、はっきりさせておきたいことがあった。
離婚の件である。
「実は別居中の子供がいる」なんていう可能性も、ゼロではなかった。
しかし何度考えても、どう切り出していいかわからない。
私は一つのシナリオを考えた。
食事に行き、その流れで彼のマンションに行く。
明らかに単身用ではない家電を見てツッコみ、「結婚してた?」と軽い感じで聞く。
…その前に、私はバツイチには抵抗がないということを、それとなく伝えておく。
よし、これでいこう。
しかし前日、それを察したかのように、タクヤから連絡が入った。
<明日の店、XXX(エリア)だよね?近くにホテル取ろうと思って>
彼はわりと浪費家で、飲み会の際、タクシーで帰れる距離でも面倒くさいというだけの理由で外泊することがよくあった。
そのことは知っていたが、これはもしや私も泊まる流れか?と予感した。
もうあの頃と違っていい大人だし、そうなってもまあいいか。
私はそのくらいの気持ちで、ある程度の心構えをして向かった。
ビストロでプレゼントを渡し、食事をした。
早く離婚のことを聞かなきゃ。
…ん?いや待て。誕生日にする話じゃないな?
今更そんなことに気づき、私はどうしていいかわからなくなり、また、ホテルを取っている時点で彼の家で家電を確認するプランも消えていた。
どうしよう。
コース料理が終わり、私はトイレに行って化粧を直した。
席に戻ると、なぜか彼が会計を済ませてしまっていた。
「何で払ってるの?今日は私の奢りって言ったじゃん」
「いいよ。プレゼントももらったし」
「そんな高いものじゃないから」
「いいから。財布しまって」
私は思った。
こいつ、絶対結婚向いてねぇ…。
普通の会社員より稼いでいるとはいえ、浪費癖が過ぎるし、これを今から矯正するのはほぼ不可能だろう。
頭ではそう思ったが、先日のエモい会話でタクヤへの好意を思い出した私は、覚悟を決めてしまっていた。
10年前、何度も隣で眠って手を出されなかった伏線を、いま回収したい。
そうして流れるようにホテルに向かい、部屋に入ってから私はタクヤに確認した。
「全然してもいいんだけど、これは正式にお付き合いするってことで合ってるよね?」
タクヤは意外と冷静で、きちんと私に向き合って言った。
「それはできない」
…え?
…いま、何て???
「海苔子のことは好きだけど、それはできない」
「えっと、何で?」
「前にも話したけど、俺、◯年後に機長昇格試験があるのね。絶対に一発で合格したいから、その時までは私生活で感情を乱される状況を作りたくなくて」
それを待っていたら、私は30代後半になる。
「だから、その時までは付き合ったり結婚したりとかは、考えられない」
…は?
前回の帰り道に「じゃあ今から付き合う?」って言ったの、お前だろ。
酔ってて記憶ないのかもしれないけど。
こっちは真剣に考えてしまったんだよ。
わかってんのか?
心の中でブチ切れながら、私は平静を装って話を聞き続けた。
彼の意志は、どうやら固い。
ものすごく固い。
目を見ればわかった。
だけどこの時の私にはもう、引き返す選択肢はなかった。
10年前の伏線を、いま、回収する。
それで関係が壊れるならそれまでの話だ。
そうして私は、自分の意志でタクヤと寝た。
10年越しの達成感のような奇妙な感情で満たされ、もうこれで連絡がこなくなってもいいやと思っていた。
翌日。
たまたま休日だったタクヤを置いて、私はいったん家に帰り会社に行った。
すると昼頃、LINEが届いた。
続く。