国際ロマンス詐欺疑惑の熊

早稲田大学卒、35歳、名前はスミノフ(仮)※日本人。

 

バツイチ。お伽噺のような結婚生活でした。純文学を愛しています。>

 

熊みたいな見た目と裏腹に、何だか興味を惹かれる繊細な文章が続いていた。

 

「お伽話のような結婚生活」って何だ?と思い聞くと、こう返ってきた。

 

<若かりし頃に国際結婚をしまして。まるで実態のない生活を送っていたのですが、まあそんなものが続くはずもなく、二人で散々浪費をした挙句に離婚して、現在は一人暮らし中です。>

 

詳細が気になった私は、スミノフと比較的家が近かったこともあり、すぐに喫茶店で会う約束を取り付けた。

 

現れたスミノフは、写真のままのデカい熊だった。

この熊が、どのようにして国際結婚に至ったのか。

 

「もし差支えなければ」と前置きして聞くと、スミノフは「全然話せますよ」と経緯を説明してくれた。

 

出会いはスミノフがまだ26歳だった頃の夏。

会社から帰宅しようと地下鉄に乗り込むと、ドアの近くにそれはそれは美しい西洋人女性が立っていた。

 

「一目惚れですね。普段はそんなことしないけど、あまりにも綺麗だったものだからつい話しかけてしまい。彼女はロシアから来た留学生で、夏の間だけ日本にいると拙い日本語で話してくれた」

 

その場で食事に誘い、仲良くなった。

 

やがて彼女はロシアに帰国。

しばらく日本と行ったり来たりを繰り返していたが、ビザを取得するためスミノフと別居のまま入籍した。

 

そして大学を卒業した彼女は、いよいよ来日。

 

二人の生活が始まったが、彼女は仕事をせず、生活費はスミノフが出していた。

 

「興味を引くためにお伽噺なんて言ってしまいましたけど、ただ色々と合わなかっただけです。彼女はたまにモデルのバイトをしてたみたいだけど、基本家にいて。生活の何もかもが合わなかった」

 

「例えば、どういう?」

 

「僕は酒もたばこも嗜むけど、彼女はどちらも大嫌いで。あと、信じられないくらい小食だった。朝食のトースト1枚さえ食べきれずに残すような子で」

 

全て、結婚する前に分かったことだろうに。

そう思ったが、とりあえず聞き続けた。

 

「生活は早々に破綻していて、僕は離婚を打診したけど断られたんです。しばらく別居の形を取って、彼女が永住権を取得できた後にようやく離婚した」


もしや結婚は、永住権のためだったんじゃ?

国際ロマンス詐欺という言葉が頭を掠めたが、何も言えなかった。

 

「離婚の時に財産もかなり渡して、貯金はすっからかんになってしまった」

 

「…もう結婚はこりごり?」

 

「うん。そうですね。一人は寂しいけど、ラクですね」

 

モテてはこなかったであろう熊みたいな男が、絶世の美女と結婚できた時の天にも昇る気持ちを想像した。

そこからの急転直下も。

”お伽噺”とまとめるしかない、現在の心境も。

 

何と言葉を返してよいのか分からず、少しの沈黙が生まれた。

すると、スミノフはこう言った。

 

「素材のままですみません」

 

「え?」

 

「まだあまり、ネタにできてなくて。僕も昔、小説を書いてたんですよ」

 

私はかつて、不幸な実体験を小説に書いたことがあると、スミノフに伝えていた。

 

「いつかこのことを書いたら、その時にやっとお伽噺が終わるかもね」

 

私はそう言って、お金を置いて喫茶店を出た。

 

過ぎ去った不幸は通常、言葉にすればするほど軽くなる。

彼がTinderを使っているのも、書かなくていいお伽噺の片鱗をわざわざプロフィールに書いたのも、きっとそんな理由だろう。

 

だけどこの日、あまりにもスミノフの空気が重苦しく、私は少々しんどくなってしまった。

 

彼の不幸は、現在進行形である。

だからせめて私は、ここで終わらせる。