<バツイチ。お伽噺のような結婚生活でした。純文学を愛しています。>
熊みたいな見た目と裏腹に、何だか興味を惹かれる繊細な文章が続いていた。
「お伽話のような結婚生活」って何だ?と思い聞くと、こう返ってきた。
<若かりし頃に国際結婚をしまして。まるで実態のない生活を送っていたのですが、まあそんなものが続くはずもなく、二人で散々浪費をした挙句に離婚して、現在は一人暮らし中です。>
詳細が気になった私は、スミノフと比較的家が近かったこともあり、すぐに喫茶店で会う約束を取り付けた。
現れたスミノフは、写真のままのデカい熊だった。
この熊が、どのようにして国際結婚に至ったのか。
「もし差支えなければ」と前置きして聞くと、スミノフは「全然話せますよ」と経緯を説明してくれた。
出会いはスミノフがまだ26歳だった頃の夏。
会社から帰宅しようと地下鉄に乗り込むと、ドアの近くにそれはそれは美しい西洋人女性が立っていた。
「一目惚れですね。普段はそんなことしないけど、あまりにも綺麗だったものだからつい話しかけてしまい。彼女はロシアから来た留学生で、夏の間だけ日本にいると拙い日本語で話してくれた」
その場で食事に誘い、仲良くなった。
やがて彼女はロシアに帰国。
しばらく日本と行ったり来たりを繰り返していたが、ビザを取得するためスミノフと別居のまま入籍した。
そして大学を卒業した彼女は、いよいよ来日。
二人の生活が始まったが、彼女は仕事をせず、生活費はスミノフが出していた。
「興味を引くためにお伽噺なんて言ってしまいましたけど、ただ色々と合わなかっただけです。彼女はたまにモデルのバイトをしてたみたいだけど、基本家にいて。生活の何もかもが合わなかった」
「例えば、どういう?」
「僕は酒もたばこも嗜むけど、彼女はどちらも大嫌いで。あと、信じられないくらい小食だった。朝食のトースト1枚さえ食べきれずに残すような子で」
全て、結婚する前に分かったことだろうに。
そう思ったが、とりあえず聞き続けた。
「生活は早々に破綻していて、僕は離婚を打診したけど断られたんです。しばらく別居の形を取って、彼女が永住権を取得できた後にようやく離婚した」
もしや結婚は、永住権のためだったんじゃ?
国際ロマンス詐欺という言葉が頭を掠めたが、何も言えなかった。
「離婚の時に財産もかなり渡して、貯金はすっからかんになってしまった」
「…もう結婚はこりごり?」
「うん。そうですね。一人は寂しいけど、ラクですね」
モテてはこなかったであろう熊みたいな男が、絶世の美女と結婚できた時の天にも昇る気持ちを想像した。
そこからの急転直下も。
”お伽噺”とまとめるしかない、現在の心境も。
何と言葉を返してよいのか分からず、少しの沈黙が生まれた。
すると、スミノフはこう言った。
「素材のままですみません」
「え?」
「まだあまり、ネタにできてなくて。僕も昔、小説を書いてたんですよ」
私はかつて、不幸な実体験を小説に書いたことがあると、スミノフに伝えていた。
「いつかこのことを書いたら、その時にやっとお伽噺が終わるかもね」
私はそう言って、お金を置いて喫茶店を出た。
過ぎ去った不幸は通常、言葉にすればするほど軽くなる。
彼がTinderを使っているのも、書かなくていいお伽噺の片鱗をわざわざプロフィールに書いたのも、きっとそんな理由だろう。
だけどこの日、あまりにもスミノフの空気が重苦しく、私は少々しんどくなってしまった。
彼の不幸は、現在進行形である。
だからせめて私は、ここで終わらせる。