アポ相手が出家した話②

<え、大丈夫?どうしたの?>

 

私がそう尋ねると、

 

<風邪をこじらせて、X月X日から3週間入院してた。死ぬかと思った>

 

と返ってきた。

詳細は会って話すと言われたので、私たちは予定を合わせ、再び平日の昼に待ち合わせた。

 

現れた宮川は、相変わらずガタイがよく元気そうに見えた。

 

「体調、大丈夫?」

 

カレー屋で向かい合いあらためて尋ねると、彼は病状について説明してくれた。

 

「身体が弱いわけじゃないんだけど、コロナと特別相性が悪いんだよね。今まで5回以上罹ってるし、毎回症状もかなり重い。今回もコロナがきっかけでXXXXXXって病気になってしまって」

 

聞いたことのない長い病名をその場でググると、致死率が20%を超える難病だった。

彼は本当に3週間入院し、生死の境目を彷徨い、病院で年を越したとのことだった。

 

「今はもう大丈夫なの?食事は普通に摂れる?」

 

「うん。一応残業なしで帰らせてもらってるけど、生活は普通にできてる」

 

「そうか。よかった」

 

「うん…」

 

彼は前回とは打って変わって口数が少なく、終始、何か小難しいことを考えているような表情を浮かべていた。

 

様子が変だな。

何の話をしよう…

私が思考を巡らせていると、彼の方から口を開いた。

 

「本気で死ぬかもしれないって思ったら、価値観が変わってしまった」

 

「うん?」

 

「俺もう30になるからさ。このままこの会社にいていいのかなって」

 

あぁ、そうか。

それは病気のせいでもあり、年齢のせいでもあるだろう。

私も30の節目にはいろいろと考えたし、実際、一度目の転職もした。

 

「他にやりたいことあるの?」

 

「うーん…」

 

彼はしばらく考えた後、こう言った。

 

「入院してる間もずっと考えてて、いろんな道があるんだけどさ。突き詰めると、出家だったんだよね」

 

「え?笑」

 

予想だにしない答えについ笑ってしまったが、彼はニコリとも笑わなかった。

 

あ、本気だ。

笑っちゃ駄目なやつだった。ごめん。

 

「高校生の頃、高野山大学も検討してた時期があって。周りに反対されて結局は外大に入ったけど」

 

「へぇ…」

 

「自分の使命は少しでも真理に近づくことだって感じること、ない?」

 

「すまん。ない」

 

「そうか…俺は高校生の頃からずっとそう感じてた」

 

私は彼の悲しげな目を見て確信した。

こいつは出家してしまう。

出世じゃなくて、出家。

 

高野山、一回行ったことあるけどいいよね。宿坊に泊まって朝の勤行に参加した。精進料理も意外とおいしかった」

 

「え、本当?」

 

奇跡的に高野山の引き出しをもっていた私は、高野山トークでその場を乗り切り、約束通り彼にカレー代を支払ってもらって解散した。

 

仕事に戻り、スパイスカレー屋で精進料理の話をしていた状況を振り返り、一人で笑ってしまった。

 

煩悩を捨てた彼と私は、多分もう会わないだろう。

 

と、ここまで書いていて思い出した。

そういえば私は、Tinderで僧侶に会ったことがあった。

noriko-uwotani.hatenablog.com

ご縁があれば、またどこかでマッチしましょう。