ルーレットの玉は何度か大きく回転し、ゆっくりと落ちた。
落ちたマスは、白。
一瞬で8万円を溶かした男の子は、「クソっ!」と小さく声を発し、潔く去っていった。
これが、カジノ!!!
私は静かに興奮した。
お金を”溶かす”という言葉の意味が、体の中を駆け抜けていく。
「あの子、8万稼ぐためにどれだけバイトしなきゃいけないんだろう」
私がつぶやくと、カジノ玄人の桜井は言った。
「ルーレットとかブラックジャックは完全に運ゲーだから、ああいう賭け方をするのはアホ。絶対に儲からないようにできてるんだから」
だけど、約50%(厳密にいうと50%より低い。赤でも白でもない緑のマスがあるから)の確率でお金が倍になるというと、全額いったれ!と思う気持ちはわからなくもなかった。
そう思った瞬間、母の顔が浮かんだ。
(※多分ここに書いたことはないと思うが、実は私の母は投資家である。)
ルーレットの次は、ブラックジャックの卓を見に行った。
卓はいくつかあり、それぞれミニマムの賭け額が違うらしい。
10000ウォン(約1200円)から賭けられる最安の卓に空きがあったため、私は桜井に倣って座った。
「待って、ルール教えて」
慌てて桜井に言うと、簡単に説明してくれた。
といっても、ブラックジャックもまた、ルーレット同様にほぼ運ゲーだった。
まずはプレイヤーに、トランプのカードが2枚配られる。
カードは追加で何枚でももらうことができるので、数字の合計が21に近くなるように(ただし21を超えると負けなので超えないように)調整していく。
プレイヤーがカードを引き終わると、今度はディーラーが同じように、数字の合計が17以上になるまでカードを引いていく。
21により近い方が勝利し、勝てば賭け金は2倍、負ければ0になる。
私はミニマムの1200円をベットし、手元に配られた2枚のカードを見た。
数字の合計は20。
かなり強い。
「これ以上カードを追加しません」という意味のジェスチャーをして、私は人生初ブラックジャックであっさりとディーラーに勝った。
一瞬で2倍に増えた手元のチップを見つめる。
これが、カジノ!!!(2回目)
ビギナーズラックというやつだろうか。
私はその後もミニマムの額を賭け続けたが、調子よくチップは増えていった。
すると、私の隣に座っていた40代と思しき日本人のおじさんが、急に私の前にチップを数枚置いた。
私は小声で桜井に尋ねた。
「これ、何?」
「ブラックジャックは、他の人に賭けることもできるんだよ。今、海苔子さんのカードに賭けたってこと」
ほほぉ。
「こいつ、今日はツイてるかも」と思ったおじさんが、私に賭けたということだ。
しかし、賭けているチップの色が違う。
よく見ると、私が賭けているものよりゼロが一つ多かった。
これ…3万円じゃん!!!
ドン引きしながらおじさんの方をちらりと見ると、彼は表情ひとつ変えずに言った。
「僕、昨日ここで100万円溶かしたんですよ。のっからせてもらいます」
100万!?!?!?
え!?!?
身なりはいたって普通で、セレブには見えない。
そもそも本物のセレブはVIPルームに呼ばれるらしいので、ここにいるはずもない。
「何をされてる方なの?」と聞きたくてたまらなかったが、黙って手元のカードを見つめた。
勝て。勝て。
祈りが通じたのか、またも私は勝ち、おじさんのお金も倍になった。
30分ほど続けていると、ディーラーが交代する時間になった。
不正防止のためなのか、ディーラーはけっこう頻繁に交代するようだ。
女性から男性になり、そこからなぜか負けが続いた。
私のカードが弱いのではない。
ディーラーが強すぎるのだ。
「なんか、流れが変わったかも」
急に減り始めたチップを見て桜井に言うと、100万溶かしおじさんが私に言った。
「なぜかね、最初は勝てるんですよ。それで少し負けて、取り返そうとしてまた負けて、気づいたら沼から抜け出せなくなってしまう」
重い。
100万溶かしおじさんが言うと、言葉の重みがまるで違う。
時計を見ると、そろそろポーカールームが開く時間になっていたので、桜井と私はブラックジャックを止めて移動した。
チップを数えると、最後に負けたもののそれでもスタート時点よりは増えていた。
こんな時間が続くと思っていた。
この時までは。
続く。