美大卒、プロダクトデザイナー、39歳。
名前は日村(仮)。
プロフィール文にはこうあった。
<離婚歴がありますが、理由は話せます。結婚を前提にお付き合いできる方を探しています。>
Tinder上でミステリアスぶっている私は、芸術系の人に興味をもたれる傾向にある。
ご多分に漏れず日村からも積極的なメッセージが届いた。
その頃友人に「海苔子はネタになりそうな人を選んで会ってるんでしょ?」と言われたこともあり、真剣度の高そうな人に会ってみるかと、私は平日夜、日村と中華料理屋で待ち合わせることにした。
いかにもデザイナーっぽいシンプルな服装と、オシャレなチャリで颯爽と現れた日村。
バナナマン日村を限りなくイケメンにした感じの顔で、私の基準では限りなくボーダーラインだった。(すまん)
カウンターに横並びで座り適当に注文を済ませると、日村は突然iPadを取り出した。
「僕はXXX(某有名美大)時代にこういうものを作っていて…」
写されたのはポートフォリオだった。
前に美大卒の人に会った時もあったな、このくだり。
「採用面接かよ」
と危うくツッコみそうになったが、一方で日村が私を信用させようとしているのが伝わってきて、好感をもった。
しばらくすると、注文したものがテーブルに運ばれてきた。
日村はiPadをしまい、私たちは小さく乾杯を済ませる。
ドリンクに少し口をつけたくらいの頃、日村は唐突にこう言った。
「もうこれネタなんですけど、離婚の話を聞いてもらえますか?」
いきなりすぎてワロタ。
だけどこういう話は自分から聞きづらいので、助かるといえば助かる。
私がどうぞと促すと、日村は言った。
「実は僕、戸籍上はバツ2なんですよ」
?!?!
「戸籍上は」って何?
戸籍上以外なくね??
詳細を聞くとこうだった。
最初の結婚は日村が33歳の頃。
相手は美大時代の後輩で、学生の頃はただの後輩の一人だったが、大人になって再会して意気投合して結婚…という、たまに聞くパターンだった。
「あ、そういえばその子、作家だったんですよ」
「へぇ。すごい」
「で、XXX(某出版社)の担当編集者と不倫されて。僕も会ったことのある人で…」
「へぇ…笑」
あまりにも開けっぴろげで、逆に笑うしかなかった。
その方が日村は喜ぶだろうとも思った。
「その後しばらく結婚はもういいやって思ってたんですけど、コロナ禍にやっぱり結婚したいなって気持ちが芽生えてきて、マッチングアプリを始めたんですね」
「うん」
「で、そこで知り合った29歳の子と、出会って1カ月で結婚して、2カ月で離婚しました」
…は?
「えっと、何で?笑」
私はずっと半笑いで話を聞いていた。
「結婚してすぐ引っ越しをしたんですけど、僕は犬が好きだから犬が飼えるマンションにしたんですね。そしたら1週間経って、彼女が急に『やっぱり猫が飼いたい』と言い出して。でも、そのマンションは猫がダメだったからケンカになって…それで離婚しました」
???
何からツッコめばいい?
「その話だけ聞くと彼女はかなりヤバい人だと思うんだけど、結婚する前にわからなかった…?」
「僕はその頃すごく再婚願望が強くて、彼女も『30歳までに結婚したい』って言ってたからとんとん拍子だったんですよ。だからこれも運命かなって思っちゃって」
私はこういう、恋愛における被害者側の人を「見る目がない」と責めることができない。
だがしかしこの時ばかりは、「ちょっとあなたも浅はかでは?」と思ってしまった。
「…大変でしたね」
「はい。だからその子のことは離婚歴にカウントしたくなくて。戸籍上はバツ2ですけど、自分の中ではバツ1です」
なるほど。そういうことならOKです!
とは、ならん。
それから2時間ほどいろんな話をして、私たちは店を出た。
解散すると、日村からすぐLINEが届いた。
<今日はありがとうございました!とても楽しかったです。次は花見がてら犬の散歩などできたらと思うのですが、いかがでしょうか?>
桜の季節だった。
彼女と一緒に買った犬を、彼は今、ひとりで育てているらしい。
そんな連れ子のような犬を、私は愛せるだろうか?
などと考えるまでもなく、私は普通に犬アレルギーだった。