職業ライター、34歳、名前はケンイチ(仮)。
NSCを卒業し舞台に立っていたが芸人を諦め、次に舞台俳優を目指すもそれも諦め、現在はカルチャー系のウェブライターをしているという。
丁寧な文章とその経歴に、興味を惹かれた。
また、プロフィールにはこうあった。
<陰茎が文字通り折れたことがあります。>
どういう状況…?
ケンイチは高卒だったので恋愛対象ではなかったが、たまに現れる興味本位枠としてメッセージのやり取りを続けた。
短くまとめられた陰茎が折れた話は、何度も人に披露して擦り倒したのだろう。
(※物理的な意味ではない)
ちゃんと面白いオチがついていた。
それから、彼が昔書いてアップしていたという短編小説を読ませてもらったりしつつ、業界が同じこともあってか、案外盛り上がった。
しばらくすると、ケンイチは私に斬新な提案をした。
<そうだ海苔子さん。お題を決めて、小説を書いて見せ合うのはどう?>
ほ、ほぅ?!
まあいい。面白そうじゃないか。
一瞬で良さげなお題を思いついた私は、自ら提案した。
<いいよ。お題はXXXでどう?>
<XXX、いいね!締め切りは2ヶ月後で、2000字以内でどうかな>
<締め切りは承知。字数は決めないでほしい>
<了解。じゃあ決まりで。その前によかったらお茶しない?>
私は少し考えて、こう返した。
<会ってしまうと恥ずかしくて小説なんか書けなくなるから、終わってからにしましょう>
そうして締め切りの2ヶ月後。
私たちはLINEを交換し、会ったこともない相手に書いた小説のPDFを送り合った。
私は結局8000字ほどの短編小説を書き、ケンイチの作品は2000字ほどの短いものだったが、プロのライターだけあり、慣れていて読みやすかった。
私が感想を送ると、彼も私の書いたものについて、丁寧な感想を送ってくれた。
<じゃあ、お茶しますか>
私の最寄り駅付近で構わないというケンイチの言葉に甘え、家から徒歩5分の喫茶店を指定した。
会う前に恥部を見せてしまったような、妙な気恥ずかしさがあり、珍しく緊張した。
現れたケンイチは、年齢の割にファッションがやや若すぎる感じがしたが、よく言えば松山ケンイチみたいな、少し個性のある綺麗な顔をしていた。
いかにも、NSCにいそう。
芸人ならワーキャー枠に入りそう。
ケンイチの経歴や、現在の仕事のことなどをひと通り聞いて小1時間ほど話した頃、彼は再び思わぬ提案をした。
「久しぶりに自由に小説書いて、やっぱり楽しいなって思ったんだよね。またやらない?」
「あー、うん、お題次第かな」
「じゃあ、猫で」
ケンイチの黒いスエットには、白い猫の毛がついていた。
私は猫アレルギーだが、それゆえに、かえって書きたい話をすぐに思いついた。
「わかった。書けたら連絡する」
そうして私は2週間後、また8000字くらいの小説を書いた。
だけど、ケンイチには送れなかった。
内容が恋愛すぎたからだ。
これを彼に送れば、変な意味が生まれてしまうような気がした。
私はケンイチに小説を送る代わりに、ネットで適当なコンペを探して、前に書いたものも合わせて送りつけることにした。
どうせケンイチも忘れているだろうと思っていたが、4ヶ月ほど過ぎた頃。
<久しぶり>とLINEがきた。
最近どうだい、書いてるかい?というような内容だったので、私はこう返した。
<猫ってお題で書いたんだけど、恋愛すぎて恥ずかしくなってしまい、送れなかった。とりあえずコンペには出した>
ケンイチは「先を越されていたとは」と驚き、続けた。
<酒にかまけて何もしてなかった。反省。俺も書きます>
コンペの結果はすぐに出て、私の作品は箸にも棒にも掛からなかった。
小説の世界は厳しい。
<そろそろ次のお題を決めてくれない?>
ケンイチとは一度しか会ってないが、今も2~3ヶ月おきにこういうLINEがくる。
私は適当に目についたものを指定し、彼はそれに合わせて短い小説を書いて送りつけてくる。
私も暇があれば書き、送ったり送らなかったりしている。
名前のない関係性は終わりがないから、意外と長く続くのかもしれない。
最近そう思う。