1回飲みに行っただけの男と海外旅行に行った話⑧

え、チップ12枚っていくら?

8千円くらい?

 

1回のターンで8千円?!

 

しかも、まだプリフロップ(テーブルのカードが開かれる前)だ。

先は長い。

 

プリフロップでこんな強気でくるなんて、私より強いペア持ってんじゃね?

KとかAペアじゃね?

 

…無理、降りまぁぁぁす!!!!!

 

私は1分ほど思考を巡らせ、降りた。

 

同じようなシチュエーションが3回ほど起きて、私は大きな負けこそしなかったが、1時間に5千円ほどをゆっくりと失っていく、じり貧の嫌な展開になった。

 

いま振り返って思う。

あの全てのターンにおいて、私の降りる判断は早すぎたと。

 

株で100万円失っても何も感じないくせに(え?)、目の前で8千円を溶かすことが惜しくてたまらなかった。

 

「やめ時が肝心」とは全てのギャンブルにおいて言えることだが、私は諦めが早すぎて何ひとつ手に入れることができず、さらに自信をなくしてすぐに諦めてしまう、悪いループに陥っていた。

 

東京のアミューズメントポーカーでブラフしまくっていた私はどこへ消えたのだろう。

 

私はこんなにも、マネープレッシャーに弱かったのか?

株で数百万の取引は普通にするくせに?

何で???

 

おそらく私を狙ってきた動画視聴系中華おじさんは、この時の私のメンタルを見抜いていた。

こいつは初心者で雑魚だと、そう思ったに違いない。

きっとブラフも含まれていただろう。

 

それでも私は4時間ほどぶっ通しでプレイし(トイレさえ行かなかった。本当にあっという間だった)、たった4枚残ったチップを握りしめ、比較的強いカードがきたタイミングで、どうにでもなれと思い全額ベットした。

 

ディーラーが私の前に、「All- in」と書かれたチップを置く。

 

その瞬間、背後から桜井の声がした。

 

「え、オールインしてんじゃん」

 

「これで終わりにしようと思って。何?」

 

「あっちでサンドイッチ配ってるから教えにきた」

 

19時頃、軽食のサービスがあった。

 

これ終わったら食べて帰るか~と思いつつ、奇跡よ!起きろ!とどこかで願っていたが、そんな都合の良い神などいない。

 

潔く負けた私はサンドイッチを立ち食いし、帰る前にメンバーズカードの記録(プレイ時間に応じてポイントが溜まる)を機械で確認すると、カジノ内レストランの食事無料券が発行された。

 

食欲など失せていたが、サンドイッチだけじゃ後でお腹空くだろうなと思い、おかず3品程度のささやかなビュッフェを食べた。

 

↑こちら、カジノで失った総額3万円と引き換えにいただいたディナー。

 

すると、先ほど同じ卓にいた日本人がレストランに入ってきた。

相席スタートの山添似の若い男性である。

 

「あ、どうも」

 

私が会釈すると、彼は「そっち座っていいですか?」と尋ねてきたので、どうぞと向かいの席を勧めた。

 

リアル「相席よろしいですか?」の状況にちょっと笑いそうになった。

 

「これ、3万円です」

 

私が自分の食事を指していうと、彼は苦笑しながら言った。

 

「あるあるですね笑 お疲れ様でした」

 

彼はカジノに慣れているように見えたので、素性を尋ねてみる。

 

「エンジニアやってます。ソウルは2カ月滞在予定で、いまちょうど1カ月くらい。昼間はリモートで仕事して、夜は毎晩ここに」

 

はい、奇人。

たった2日徹夜でポーカーをしているだけの桜井が、まともに思えてきた。

 

「儲かってます?」

 

「いまプラス5万くらいですね。できればプラス10万くらいで帰りたいものです」

 

おそらく時給に換算したら、数百円だろう。

 

桜井もそうだが、彼らはガチでお金を稼ぎに来ているというよりは、「大好きなポーカーを存分に楽しんで、ワンチャン儲かるなんてサイコー!」というメンタルのようだった。

 

「何でソウルなんですか?」

 

「物価とか飛行機代とかいろいろ考えると、やっぱいちばんいいですね。宿もエアビーで安いところ見つけて。あり得ないほど狭いですけど笑」

 

「写真あります?」

 

山添が見せてくれた部屋は、ウサギもびっくりするほどのウサギ小屋だった。

ベッドだけでギチギチである。

 

「本当は、マカオとかラスベガスとか巡るカジノツアーをしようと思ってたんですよ。でも、直前で彼女ができてしまって」

 

「え?」

 

「男女6人でルームシェアしてたんですけど、抜ける直前に住人同士で付き合い始めて。付き合い立てで何か月も海外とか、ないじゃないですか?だから今回は2カ月だけ」

 

テラスハウスかよ。

山添は思いのほか(失礼)リア充(死語)だった。

 

「さっきの人、彼氏さんですか?」

 

山添は私と桜井の関係を怪しんでいたようだった。

 

「いやいや、Tinderで知り合って1回飲みに行っただけ!」

 

などと言うとドン引きされそうだったので、「大学の友達」と嘘をついた。

 

それから、都内のアミューズメントポーカーの情報などを共有しつつ30分ほど話し、山添はゲームに戻っていった。

 

※完全に離脱した私と違い、山添は一時抜けしている状況だったので30分以内に戻らなければならないルールがあった。

 

食事を終え、プレイ中の桜井に背後から近寄って「明日さ、」と話しかけると、彼は飛び上がって驚いた。

 

「うわぁ!!びっくりした。まだいたんすか?」

 

「食事券が出たからごはん食べてた。明日、桜井君はここから直接空港に向かうんだよね?」

 

「その予定です。でも、どうしても眠くなったらホテルに戻るかも」

 

「部屋の鍵かけてるから、戻る時はLINEしてね。起こしたら悪いとか気にしなくていいから。じゃあ」

 

そうして私はウォーカーヒルを出て、ひとりホテルに戻った。

 

↑パラダイス?否、HELL。

 

続く。