え、チップ12枚っていくら?
8千円くらい?
1回のターンで8千円?!
しかも、まだプリフロップ(テーブルのカードが開かれる前)だ。
先は長い。
プリフロップでこんな強気でくるなんて、私より強いペア持ってんじゃね?
KとかAペアじゃね?
…無理、降りまぁぁぁす!!!!!
私は1分ほど思考を巡らせ、降りた。
同じようなシチュエーションが3回ほど起きて、私は大きな負けこそしなかったが、1時間に5千円ほどをゆっくりと失っていく、じり貧の嫌な展開になった。
いま振り返って思う。
あの全てのターンにおいて、私の降りる判断は早すぎたと。
株で100万円失っても何も感じないくせに(え?)、目の前で8千円を溶かすことが惜しくてたまらなかった。
「やめ時が肝心」とは全てのギャンブルにおいて言えることだが、私は諦めが早すぎて何ひとつ手に入れることができず、さらに自信をなくしてすぐに諦めてしまう、悪いループに陥っていた。
東京のアミューズメントポーカーでブラフしまくっていた私はどこへ消えたのだろう。
私はこんなにも、マネープレッシャーに弱かったのか?
株で数百万の取引は普通にするくせに?
何で???
おそらく私を狙ってきた動画視聴系中華おじさんは、この時の私のメンタルを見抜いていた。
こいつは初心者で雑魚だと、そう思ったに違いない。
きっとブラフも含まれていただろう。
それでも私は4時間ほどぶっ通しでプレイし(トイレさえ行かなかった。本当にあっという間だった)、たった4枚残ったチップを握りしめ、比較的強いカードがきたタイミングで、どうにでもなれと思い全額ベットした。
ディーラーが私の前に、「All- in」と書かれたチップを置く。
その瞬間、背後から桜井の声がした。
「え、オールインしてんじゃん」
「これで終わりにしようと思って。何?」
「あっちでサンドイッチ配ってるから教えにきた」
19時頃、軽食のサービスがあった。
これ終わったら食べて帰るか~と思いつつ、奇跡よ!起きろ!とどこかで願っていたが、そんな都合の良い神などいない。
潔く負けた私はサンドイッチを立ち食いし、帰る前にメンバーズカードの記録(プレイ時間に応じてポイントが溜まる)を機械で確認すると、カジノ内レストランの食事無料券が発行された。
食欲など失せていたが、サンドイッチだけじゃ後でお腹空くだろうなと思い、おかず3品程度のささやかなビュッフェを食べた。
↑こちら、カジノで失った総額3万円と引き換えにいただいたディナー。
すると、先ほど同じ卓にいた日本人がレストランに入ってきた。
相席スタートの山添似の若い男性である。
「あ、どうも」
私が会釈すると、彼は「そっち座っていいですか?」と尋ねてきたので、どうぞと向かいの席を勧めた。
リアル「相席よろしいですか?」の状況にちょっと笑いそうになった。
「これ、3万円です」
私が自分の食事を指していうと、彼は苦笑しながら言った。
「あるあるですね笑 お疲れ様でした」
彼はカジノに慣れているように見えたので、素性を尋ねてみる。
「エンジニアやってます。ソウルは2カ月滞在予定で、いまちょうど1カ月くらい。昼間はリモートで仕事して、夜は毎晩ここに」
はい、奇人。
たった2日徹夜でポーカーをしているだけの桜井が、まともに思えてきた。
「儲かってます?」
「いまプラス5万くらいですね。できればプラス10万くらいで帰りたいものです」
おそらく時給に換算したら、数百円だろう。
桜井もそうだが、彼らはガチでお金を稼ぎに来ているというよりは、「大好きなポーカーを存分に楽しんで、ワンチャン儲かるなんてサイコー!」というメンタルのようだった。
「何でソウルなんですか?」
「物価とか飛行機代とかいろいろ考えると、やっぱいちばんいいですね。宿もエアビーで安いところ見つけて。あり得ないほど狭いですけど笑」
「写真あります?」
山添が見せてくれた部屋は、ウサギもびっくりするほどのウサギ小屋だった。
ベッドだけでギチギチである。
「本当は、マカオとかラスベガスとか巡るカジノツアーをしようと思ってたんですよ。でも、直前で彼女ができてしまって」
「え?」
「男女6人でルームシェアしてたんですけど、抜ける直前に住人同士で付き合い始めて。付き合い立てで何か月も海外とか、ないじゃないですか?だから今回は2カ月だけ」
テラスハウスかよ。
山添は思いのほか(失礼)リア充(死語)だった。
「さっきの人、彼氏さんですか?」
山添は私と桜井の関係を怪しんでいたようだった。
「いやいや、Tinderで知り合って1回飲みに行っただけ!」
などと言うとドン引きされそうだったので、「大学の友達」と嘘をついた。
それから、都内のアミューズメントポーカーの情報などを共有しつつ30分ほど話し、山添はゲームに戻っていった。
※完全に離脱した私と違い、山添は一時抜けしている状況だったので30分以内に戻らなければならないルールがあった。
食事を終え、プレイ中の桜井に背後から近寄って「明日さ、」と話しかけると、彼は飛び上がって驚いた。
「うわぁ!!びっくりした。まだいたんすか?」
「食事券が出たからごはん食べてた。明日、桜井君はここから直接空港に向かうんだよね?」
「その予定です。でも、どうしても眠くなったらホテルに戻るかも」
「部屋の鍵かけてるから、戻る時はLINEしてね。起こしたら悪いとか気にしなくていいから。じゃあ」
そうして私はウォーカーヒルを出て、ひとりホテルに戻った。
↑パラダイス?否、HELL。
続く。