マッチグアプリで出会った男に前科があった話⑥
ちょうどその時、スマホが鳴った。
<結局行くのやめた?>
同僚のアユミからのLINEだった。
あぁ神よ。ありがとう。
この新しい真実を、一人で抱えたくなかった。
私はすぐアユミに電話をかけ、状況を説明した。
「とりあえず、今からお茶する?」
アユミと私はたまたま家が徒歩圏内だった。
予定がなくなり暇を持て余していたこともあり、すぐに支度をして近所のカフェで待ち合わせた。
アユミはスマホでしばらく彼のTwitterのタイムラインを眺めた後、こう言った。
「時期がおかしいよね」
「結婚の時期?」
「うん。しかも結婚の後も投稿続いてるし。刑務所に入ってたらTwitterなんかできないからさ」
リョウの結婚報告の日付は、あの傍聴ブログに書かれていた初公判のわりとすぐ後で、それ以降も投稿は普通に続いていた。
デートやライブに出かけていたり、誰々の新譜がどうだったと感想をつぶやいたり、普通の生活を送っている様子が見てとれた。
「…ってことは、また執行猶予がついたってこと?」
私が尋ねると、アユミは否定した。
「んー、でも執行猶予期間中の再犯は実刑でしょ?」
アユミはバッグから小さいノートとペンを取り出し、探偵のように分析を始めた。
現時点で分かっている情報を書き出していく。
どうしてだろうか。
ノートの文字が増えれば増えるほど、真実が遠ざかっていくような気がした。
「やっぱこれしかないか」
アユミが独り言のようにつぶやいた。
「何…?」
「海苔子、多分この人ね、最高裁まで争ってると思う」
「最高裁?!」
って、三審制の最後のアレ!?
社会科の授業で習った記憶が一瞬で蘇るのだから、義務教育も捨てたものではない。
アユミはメモを見せながら言った。
「見て。この時系列。最高裁まで争ってたら、辻褄が合うでしょ」
「…どういうこと?」
「傍聴ブログによると、初公判がX月X日でしょ?で、その後すぐX月X日に結婚したって呟いてるでしょ?そこから1年以上Twitterの投稿が続いている。この間は、少なくとも刑務所に入ってなかったってことになる」
「うん」
「実刑判決が出たら、普通はすぐ刑務所に入ることになる。初公判からこれだけ長いこと猶予があったということは、たぶん判決に対して不服の申し立てをしたんだと思う。控訴とか上告とかいうやつ」
あぁ、それも社会科の授業で習ったな。
「え、待って。争ってる間って、自由の身なの…?」
「判決が出るまでは、その人は犯罪者じゃないからさ」
!?!?
私は全く知らなかった裁判の常識に驚いた。
「変なの。てか何でそんな詳しいの?」
「私、法学部だったから」
それもまた、知らなかった。
アユミは続けた。
「裁判って時間もお金もすごくかかるからさ。そうまでしてでも、訴えたいことがあったのかも」
訴えたいこととは、何だろうか。
もちろん100%女性の方が悪いだなんて思わないが、少なくともあの傍聴ブログの内容が、全て真実ということはないのだろうと思った。
「でもさ、イギリスに住んでた頃の話、ものすごい具体的だったんだよね」
アユミはノートを眺めながら言った。
「刑務所に入って、出所した後、カモフラージュのために2~3ヶ月は本当にイギリスに行ってたんじゃないかな」
私は唖然とした。
確かにそれならば、あのくらいのディテールは話せるだろう。
「ところで海苔子、LINEブロックした?」
「…してない」
アユミは呆れて言った。
「早くしなよ。やっぱりこの人、怖いと思う」
だけど私は、彼に今なにが起きているのか、どうしても知りたかった。
過去はある程度明らかになったとして、なぜ今、連絡がつかないのか?
それが分かるまで、この話を終わりにできないと思った。
「心配させてごめんね。何かきても返信しないから大丈夫」
仮に逮捕されていた場合の勾留期間は最大23日と聞いていたが、それから1ヶ月経ってもリョウからの連絡はなく、LINEも未読のままだった。
何があったんだろうか。
逮捕ではないのか?
やっぱり事故とか…?
私は毎日、リョウのことを考え続けていた。
彼が私に向けた書いた長文は温度を保ったままスマホの中にあって、それに取り憑かれているみたいだった。
1ヶ月半が過ぎた頃。
彼から一通のLINEが届いた。
<突然すみません。リョウの母です。>
続く。